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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)360号 判決 1964年5月06日

控訴人 中島徹

被控訴人 汽車製造株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す。被控訴人が昭和三六年四月一日山一証券株式会社に対し発行した一一二万株および同日大商証券株式会社に対して発行した四八万株、以上合計一六〇万株の新株発行はこれを無効とする。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否は次のとおり附加するほか原判決事実摘示欄に記載するところと同一であるからこれを引用する。

(証拠関係)<省略>

理由

一、被控訴人の本案前の抗弁についての当裁判所の判断は原審の判断と同一であつて、控訴人は本訴提起についての当事者適格を有するものであるとするものであつて、次のとおり附加するほかは原判決の理由に示すところと同一であるからこれを引用する。

(一)  控訴人が昭和三六年六月二二日、訴外斎藤文夫より同人の被控訴会社の旧株主であることにより、同年四月一日の新株発行により、旧株主割当分として、割当て交付を受けた被控訴会社の一〇〇株の譲渡を受け、その頃名義書換をなしたことは当事者間に争がない。

二、控訴人は被控訴会社が山一証券株式会社および大商証券株式会社に新株引受権を与えるにつき商法第二八〇条の二、第二項の手続を履践しなかつたから、被控訴会社が昭和三六年四月一日、山一証券株式会社に対し発行した一一二万株および大商証券株式会社に対し発行した四八万株の新株の発行は無効であると主張する。

被控訴会社は昭和三五年一一月八日の取締役会において、記名式、額面普通株式一六〇万株を公募により発行し、その払込期日を昭和三六年四月一日とする旨決議し、昭和三六年三月一四日の取締役会において、右一六〇万株中一一二万株は山一証券株式会社に残り四八万株は大商証券株式会社にそれぞれ一株二二〇円で買取引受させる旨決議し、その払込期日にそれぞれ新株一一三万株および四八万株の新株を発行したこと、右新株の発行について、株主総会の特別決議および株主総会において取締役が株主以外の者に新株引受権を与える理由の開示をしていないことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証によれば、被控訴会社においては昭和三六年三月一四日、山一証券株式会社および大商証券株式会社と前記取締役会の決議にしたがつて、買取引受契約をなしたことが認められる。

そして同号証によれば、右買取引受契約においては、被控訴会社が発行する新株のうち、一一二万株を山一証券株式会社に、四八万株を大商証券株式会社において一株につき金二二〇円の割合で一括して買取引受け、かつこの株式を一般に売り出す(売出の要領は、売出価額一株につき金二二〇円、売出株数の単位は五〇〇株又はその倍数、売出期間は三月二八日より同月三〇日まで、受渡期日四月三日)。山一証券株式会社、大商証券株式会社は株式に対する払込金として昭和三六年三月三一日までに被控訴会社の指定する払込取扱場所へ、一株につき金二二〇円を払込む。なお、被控訴会社は引受手数料として一株につき六円五〇銭を支払うことが約定されたことが認められる。

そうすると、右買取引受契約によつて、被控訴会社は山一証券株式会社および大商証券株式会社に対し約定数までの新株を発行する義務と、定められた引受手数料を支払う義務を負い、山一証券株式会社および大商証券株式会社は買取引受義務、売出義務を負うものであつた。

右買取引受義務の内容は如何なるものであるかは約定書(乙第一号証)によつては明かでない。先ず、一般的に買取引受の場合には、証券業者は約定数の新株を自己名義で一括して引受け(発行会社に対し自己名義で株式の申込をなし、証券業者が原始株主となる)、この株式を売出す(証券業者が一旦原始株主となつた上で応募者に対し、その株式を裏書譲渡するもので売れ残り分については証券業者が新株を引受ける義務を負うとされているから、右買取引受契約においても右の様な方法によることを前提として契約がなされたものと認めるのが相当である。

しかし他面、買取引受において応募者の有無にかかわらず、証券業者は約定数の新株を引受ける権利を有し、発行会社としては新株を割当て発行する義務を負うものであろうか。この点についても約定書(乙第一号証)によつて必ずしも明かではないが、特別の留保がない限り、引受義務を負うということはこれに相応する株式の割当・発行をなすことを前提としているものと考えられるところであるから、証券業者は発行会社に対し約定の新株の割当・発行を求めることができるものと認めなければならない。従つて、買取引受契約により、発行会社において、かかる拘束を受けるものとするならば、(単なる請負募集となすことを得ないし、又この場合発行会社は割当の自由はないことになる)、証券業者は結局他の者に優先して新株を引受ける権利を有するものというべきである。そうすると、商法第二八〇条の二、第三項にいわゆる「株主以外の者に新株の引受権を与える」場合に該当するものといわなければならない。

しかし右のとおりであるとしても、商法第二八〇条の二、第二項の法意は、新株の発行価額の公正を保障するにあるから、公正な価額で売り出された場合には同条の適用はないのではないかという疑問もあるが、同条は右のほか、第三者に優先的に新株の引受権を認める場合は、当然には新株引受権を有しない従前の株主の利益を侵害する(新株の発行から排除される)結果を生ずるのでこれを保障することをも目的とするものであるから、売出価額が公正であるか否かによつてただちに同条の適用がないものとすることはできない。

したがつて、(売出価額が公正であつたか否かを判断するまでもなく)取締役会が商法第二八〇条の二、第二項の株主総会の特別決議および同総会における取締役の株主以外の者に新株の引受権を与えることを必要とする理由を開示することなくして発行会社が証券業者に対して、買取引受契約により、新株引受権を与えても、その新株引受権を与えても、その新株引受権の付与は違法である。この場合、新株引受権の存在を前提として、新株の発行がなされようとするときは株主は商法第二八〇条の一〇により新株発行の差止を請求することができ、必要があれば、差止請求の訴を提起し、或いは、その本案訴訟の提起前でも、発行差止の仮処分を求めることができるといわなければならない。

しかしながら、右の規定に違反して、新株引受権の付与がされたとしても、すでに新株が発行されてしまつたならば、その新株の発行自体は無効とはならないと解すべきである。現行商法においては、元来、新株の発行は定款に特別の定めがないかぎり、取締役会が決定し得べき事項であつて、右株主総会の決議は、取締役会が権限を濫用することを防止するための対内的な要件にすぎないし、又、株主は当然に新株の引受権を有するものではなく、右規定に違反して第三者に新株引受権が与えられたとしても、間接にその利益を侵害せられることあるは格別株主の新株引受権を侵害するものとはなし得ないのである。しかも、一旦発行された新株の発行を無効とすることは、取引の安全を害することが非常に大きい。新株が発行され会社が拡大された規模で活動を開始すればこれと取引する者はその規模を信用して取引するのであるから、もし、その後において、新株の発行が無効とせられるならば実質において資本の減少がなされたと同じ結果となつて、会社債権者の利益を害するおそれがあり、また発行された株式が輾転流通した後において無効とされることは株式の円滑な流通を阻害すること大なるものがあり取引の安全を侵害すること顕著である。

他面株主においては前記のように新株式発行前においては違法な新株式の発行を防止するための有効な手続をとりうべく、新株式発行後においては場合により当該取締役に対し、同法第二六六条の三の規定により損害賠償の請求をなし得るほか、当該取締役または新株を引受けた第三者において同法第二六六条第一項第五号または同法第二八〇条の一一による責任を会社に対して負担する結果株主の利益は直接間接に保護せられているものといわねばならぬ。したがつてこの点より考えても、一般取引安全の犠牲において同法第二八〇条の二、第二項の規定に違反し発行せられた新株式を無効であると解するをえないことあきらかである。

そうすると控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は結局正当であるから民事訴訟法第三八四条により、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 満田文彦 浅賀栄)

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